Birthday Card
19歳を迎えたその日の夜に、私はとても価値のある、意味のある、この世にたった一つのバースデーカードを受け取った。
今思い返せば、家族で誕生日のお祝いをしなかったのは、そのときが初めてだったのかもしれない。
「ハッピーバースデー!おめでとう!」
アルバイト先の先輩が居酒屋でお祝いを企画してくれ、ちょっと高そうな、いつも目にするよりおしゃれで可愛いケーキが目の前に出された。
初めて免許を取得して、親から車をプレゼントしてもらい、始めたアルバイトで自由になるお金ができた。
子供より責任を負うことが増えた19歳になった年の話だ。
「ありがとうございます!」
お礼を言い、少しはにかみながら用意されたケーキのローソクを吹き消す。
「高校卒業後の誕生日だから……19?」
「若いわー。 19歳って何年前かなー」
「何も言うな。寂しくなる! それよりケーキ食べよ!」
シフトの関係で後から来る人もいたため帰りが遅くなったが、時間はあっという間に過ぎていく。
家族以外の人と外で過ごした19歳の誕生日は、新しい世界が切り開かれたようで、少しだけ大人になれたような気がした。
余韻に浸りながら帰宅したとき、既に遅い時間だったので家の電気は全て消えていた。
アルバイトを始めてから私の帰宅時間は深夜0時を回ることが多く、このくらいの時間に帰ることは私の新しい日課になっていた。
その日が誕生日だったことを除いては。
「ただいま…」
呟くように寝静まった家に帰宅の挨拶をすることを、少々馬鹿げていると思いつつも身に沁みついた習慣というのはなかなか抜けない。
きれいな部屋だとは言い切れないが、出掛ける前と少し違っていることが良くある。
ふと目をやると、私のデスクの上に可愛く折りたたまれた手紙が一つ置かれていることに気がついた。
「また部屋に入ったな」
近づいて手に取ると宛名が目に止まる。
宛名はおねえちゃん、差出人は私の11歳年の離れた妹だ。
小学2年生になった妹なりに姉への誕生日プレゼントを一生懸命考えてくれたのであろう。
元気よくクレヨンで書かれた大きな字。
友達との手紙交換でよく使われる手紙の折り方は懐かしさを感じさせ、同時に妹のできる範囲が増えたことに驚かされた。
「へぇ……。あの子、もうこんなこともできるんだ――」
そう思いながら、クレヨンで宛名と送り主が書かれた手紙を開封する。
『おねえちゃんおたんじょうびおめでとう』
色とりどりのクレヨンで丁寧に書こうと頑張った文字と、星や花、ハートマークなどで可愛く装飾された手作りのバースデーカードだった。
「いつ書いたんだろう…?」
カタンッと音がしたキッチンを見ると、母が眠たそうな顔でコップを置いている棚を開けていた。
「おかえり。 少し遅かったね」
「ただいま。 ごめん、起こしちゃった?」
眠そうな顔で首を横に振る母は続けてこう言った。
「――あの子、頑張ってあなたが帰るのを待ってたよ」
コップに水を注ぎながら、私が手にしている手紙について話はじめた。
姉の誕生日のはずなのに、ご馳走の準備がされず不思議に思っていたこと。
父親が帰ってきたのにケーキを買っていないこと。
そして、主役であるはずの肝心の姉がいないこと。
私にとって今までと違う誕生日であったとの同時に、妹にとってもお祝いの
ない初めての誕生日となった。
ご馳走が準備されていないことに戸惑い、父がケーキを買っていないことに怒り、主役の姉がいない寂しさを覚えた妹は、誕生日の準備をしていない家に帰ってくる姉が寂しくないよう、元気いっぱいのバースデーカードをしたため始めたらしい。
母から妹の様子を聞き、大きく成長している妹の成長をとても嬉しく思えたと同時に、胸の奥が締め付けられる思いでいっぱいになった。
バースデーカードにぽとりと落ちた涙は、クレヨンで弾かれた。
2020/9/27 エブリスタへ投稿